Top Message 02 編集の仕事はここが「おもしろい」 代表取締役会長 鳥嶋 和彦

君は目の前の才能を、好奇心を持って愛せますか?

白泉社代表取締役会長である鳥嶋和彦は、かつて集英社の『週刊少年ジャンプ』に携わり、編集長を務めてきました。国民的ヒット作を手がけてきたアイデアマンは、「編集者」という仕事のおもしろさをどのように捉えているのでしょうか。最近では、編集という言葉自体をよく見聞きするようになりましたが、その概念と解釈はどこか抽象的で、何をもって編集なのかは人それぞれに委ねられています。日本のまんが史を築いてきた編集者の哲学、そこから見えるおもしろさとは?

自分が見出した才能を、どう開花させていくのか

一般的に編集者とは、雑誌や書籍が出来上がるまでの一連の作業に携わる人のことをいいます。自分が立てた企画のために必要な人を集めて、まんがや記事といったコンテンツを作っていく。それがわかりやすい編集者の仕事です。

私の中で編集者はふたつのタイプに分かれます。取材記事を扱う雑誌の編集者は狩猟民族。それに対して、まんが雑誌の編集者は農耕民族です。作家という種を見つけて蒔く。時間をかけて作品を育てては収穫する。それを幾らで値付けして、どこで暮らす誰に届けられるのか。その一連の流れを最初から最後まで見届けることができる。それがまんが編集者の仕事です。つまり、まんが編集者のおもしろさとは、見出した可能性に賭けて、どう開花させていくのか。そのすべてに携わっていく仕事なんですよ。

編集者として10人の新人作家を選んだら、7人は外れると思っていたほうがいい。3人も当たれば天才編集者ですよ。逆に言えば、いかに外す覚悟を持って10人を選ぶことができるか。絶対に当たると思っても外れることもある。それを経験則として知っていくと、無難な作品を選ぶことが無くなっていく。僕らの世代でいう「一点キラリ」という言葉が表すように、どこか光っているポイントを見出せるかどうか。この仕事の面白さは外れるということがあるからこそ、当たったときの面白さが大きいんですよ。

編集者はライブ的。だからこそ、あるべき姿はない

では、どうすれば才能を見出せるのか。それはいかに多くの作品を読むか、ということです。優れたものや未熟なもの、どちらも読まなければ才能は見出せない。つまり、場数を踏むことが重要なんです。私は編集者の善し悪しのひとつは「勘」だと思います。その勘を磨くために、作品を読み込むことが必要不可欠なんですね。たとえば、まんがには読みやすい作品と読みにくい作品があります。なぜこのコマ、アングルなのかを分析しながら読むことで、まんがの中の文法がわかってくる。これを作家との打ち合わせに応用していくことで、目の前のまんがが良くなっていきます。

編集者という仕事は、理想という言葉が意味を成しません。なぜならば、目の前の作家に対してどう対応するのかというライブ的な仕事だから。その時々に最適な形はあっても、あるべき姿はない。こうすべきメソッドがあるのではなくて、相手に興味を持つことによって情報をインプットする。やってみて違うならば、やり方を変えればいい。そのライブ感が大事なんです。それに、僕らの仕事は流行り廃りのスピード感が大事だから、朝令暮改が意味するように、朝と夕方で気持ちが変わっていたら、それを受け入れる。手のひらをひっくり返す勇気がある人は、編集者に向いているかもしれませんね。

好奇心を忘れずに、目の前の恋愛を楽しむ。

編集者として最も1番大事にしてほしいもの。それは好奇心です。新しい才能は尖った形で現れます。変わったもの、ちょっと変なものと出会ったときに、それを面白いと思える感覚を養ってほしい。無難なものだけを選んでしまうとコピー作品しか生まれません。普段から「これは面白い、変わっている」と思うものに積極的に手を伸ばす。それほどの精神的なバネとパワーを持って自分の感覚を磨いてください。

僕が新人編集者によく伝えているのは、「目の前に大好きな人がいたらどうする?」ということです。その人の声を毎日聞きたい、喜ばせたい、今何に興味を持っているのかを知って話題を繋げたい。そうやって恋愛に置き換えてみると、自ずと作家に対してするべきことが見えてくるでしょう? その時々の反応によって、こちらのやり方を変えていけばいいんです。

まんがに救われたことがない僕でも、誰かを感動させることができた。

編集者は読者がいて、はじめて成り立ちます。表現者である作家は自分のメッセージをたくさんの読者に伝えたい。表現者と読者をつなぐ存在、それが編集者なんですよ。作家のことを知りながら、読者のことも知る。両方を見ながら、多くの橋を架けるためには、まずは編集者は何も出来ないということを知るべき。僕らは写真を撮れないし、文章も書けない。デザインもできないし、絵も描けない。でも、出来ないからこそ逆に、それぞれの善し悪しはわかります。それぞれの才能をコネクトして、ひとつのコンテンツをつくる。この中心に立って物事を進めていく存在が編集者です。

僕らの仕事は世界を変えることはできないけど、誰かを一瞬でも感動させることはできます。そう言っておきながら、僕は人生においてまんがに救われた経験が一度もありません(苦笑)。それでも、まんがを描いたことがない鳥山明さんとまんがを読んだことがない僕が打ち合わせをして、「Dr.スランプ」と「ドラゴンボール」というまんがが生まれました。その意味では、編集者にまんがが好きという気持ちは絶対に必要ではないんですよ。大切なことはわかりますよね。目の前の才能を、好奇心を持って愛す。これに尽きます。