社長の告白 社長の告白

1973年に誕生した白泉社。創業から今日に至るまで一貫して、文章と絵を融合した雑誌、書籍、コミックス、文庫、絵本などをつくり続けています。そのすべての領域を支えているのは、鋭い感性と洞察力を持った社員たちです。代表取締役社長の菅原弘文は長いキャリアのなかで、編集部を始め様々な部署を経験してきました。自身の経験談を交えながら明かす、白泉社の今とこれから。

作家を軸に。
自分の世界が広がっていく

作家を軸に。自分の世界が広がっていく

編集者の楽しさは、作家さんとのアイデア出しにあると思うんです。こちらから「こんな展開はどうですか?」と提案しますよね。
それに対して作家さんからネーム(まんがの下描き)が返ってくると、こちらの想像以上の展開が表現されていることに驚かされて、嬉しくなるんですね。仕事として、お互いによりいいものを作ろうとする。その関係を築けることが大切なんです。

最初は新人作家さんを担当してもすぐにはヒットが出ないかもしれません。でも、作家さんの持ち味をうまく引き出せる作品と出会えると、まずは読者アンケートから手応えを得るんですね。そこから情報誌やテレビで取り上げられるようになると、手応えが思いもしなかった大きなものへと変わっていく。それはまんが編集者としての醍醐味だと思います。

私が過去に担当した氷室冴子さんの原作による「なんて素敵にジャパネスク」という作品があります。オリジナル作品を作り続けていくなかで、原作モノからおもしろいまんがを作れるんじゃないかと思って、神保町の廣文館という書店に行って、書棚を眺めていたんですよ。そのときに氷室冴子さんの作品と出会ったんです。

原作モノにおいて、まんが家と原作者の相性って重要なんですよ。原作をお預かりするならば、ちゃんとした成績を出したいので、作家さんには勝つ見込みがある提案をしたい。そこで僕は複数話の読切を試せるような作品を最初に考えて、それを念頭に氷室さんの「蕨ケ丘物語」をまんが化しました。「蕨ケ丘物語」は読者アンケートの反応もなかなか良くて、次は長編にしようと「雑居時代」という作品をまんが化したんですね。そして、いよいよ「なんて素敵にジャパネスク」のまんが化です。非常に反響が良くて長期連載に発展して、自分の戦略は間違っていなかったんだなと嬉しくなりました。

氷室さんは51歳で亡くなられたのですが、地元の北海道岩見沢市で「氷室冴子青春文学賞」が始まっていて、その中で櫻井とりおさんという方の「虹いろ図書館のへびおとこ」が第1回の大賞に輝きました。それは非常に読書好きにはたまらない作品で会う人ごとに薦めているのですが、こうやって氷室さんを軸に自分の世界が広がっていくことが非常におもしろい仕事だと思います。

やりたいことを実現し、
広がるネットワーク

やりたいことを実現し、広がるネットワーク

入社38年目になりますが、編集以外にもさまざまな部署を経験してきました。編集者は作家さんとの仕事がほとんどですが、4年半在籍した販売部では、書店や販売会社(取次)をはじめ、いろいろな方たちと関わってきました。そこから人との繋がりが生まれて、今になっても相談に乗ってくださる方とも出会えたことは大きな財産です。

もうひとつ、販売部での経験から実感していることがあります。それは、白泉社は自分がやりたいと思うことを実現しやすいということです。販売部時代、私は書店に送る注文書を書店員の方たちが楽しめるものに作り直しました。最初はタイトルや識別のためのコード類や値段などが載っている単純な表でしたが、売り場作りの役に立つおもしろいものにしようと思って、その月の推し作品について興味がわくような文章を盛り込んだものにアレンジしたんです。工藤ノリコさんに描き下ろしていただいた「ノラネコぐんだん」のイラストを添えて。まだその時は絵本シリーズは出ていませんから、先見の明ありと自画自賛…。それはともかく今思うと、自分でメディアをつくっていたのかもしれませんね。そこには編集の経験が生きているんだなと振り返っています。

注文書のアレンジは社長となった今も生かされています。たとえば、挨拶状を書く場合、一般的には定型文を引用しがちですが、弊社の鳥嶋が社長のときに自分の言葉で書いていたように、私も自分ならではのエッセンスを盛り込むようにしています。お歳暮を贈るときにオーストリアのじゃがいもはなぜ旨いのかという話を添えたら、それを作家さんがSNSで紹介してくださって。誰かを喜ばせようとする気持ちを持ち続けることは大切なんだなと。私の手紙に喜んでくれるのは一部の人なのかもしれませんが(苦笑)。

危機的状況な世の中だからこそ、
おもしろさを。

危機的状況な世の中だからこそ、おもしろさを。

今年の春先から新型コロナウイルスが急速に拡大していき、白泉社も出張にも行けない厳しい状況になり、在宅勤務を推奨するようになりました。私が総務部にリモートワークが可能かどうかを確認すると、2019年に新しい働き方を考えるITワーキンググループを立ち上げたこともあり、既にそのための準備ができていたんです。試行錯誤はありましたが、あっという間に機器環境を整えてくれたことで、出社比率を下げられましたし、ストレスなくコロナ禍の仕事に対応できています。

ただ日々の業務では、何気ない会話からアイデアが生まれることが多く、その辺りのニュアンスは薄れているのは間違いありません。人間は関わっていくことで何かを生み出していく。特に編集部では、対面のコミュニケーションに慣れていた部分も大きいので、現状として難しい部分があることは否定できませんね。

その影響がこれからどんな形で表れてくるのかはわかりませんが、白泉社が打ち出している「こころを動かすおもしろさを作って届けよう」という経営方針は変わりません。そのためには、まずは僕らがおもしろくなければいけないので、白泉社を愉快でナンバーワンな会社にしようという「ユカイなカイシャ大作戦」というプロジェクトを立ち上げました。社員と話していくなかで、一人ひとりがポテンシャルを秘めていると痛感したんです。その割りにはまだ仕事に充分表れていないから、もっと発揮できるはずなんですよ。

もっと個人の能力を拓ける会社にしていくために、伸び続けているデジタル市場への挑戦は可能性を秘めていると思います。まんがの全体的な流れがデジタルにシフトしていくことには抗えないでしょうね。実際に今は昔よりも新しい雑誌を作りやすくなっています。『花とゆめ』編集部では若手編集者たちが中心となって、WEBまんが誌『少年ハナトユメ』を創刊しました。白泉社は特色のあるWEB雑誌を市場に出しているので、それがまたどんな反応を起こすのかを楽しみにしています。

失敗とは、実験である。

あなたに告白したいこと。

白泉社の自由さは、自分が何かをしようとしている時に実感できます。そのためには、クリエイティブであることが重要です。クリエイティビティは編集部に限らず、どの部署でも求められると思います。実際にコロナ禍において、管理部門は危機的な状況に対してポテンシャルを発揮してくれました。クリエイティブな人って、決まって実験好きなんです。考えているだけではなく、それを行動できることの大切さを知っています。やるかやらないか、そこが大きいんですよ。失敗を実験と捉えて、どんどんチャレンジしてくださる方は大歓迎です。ぜひ私達と一緒に挑戦的な仕事をしましょう。

失敗とは、実験である。

良かれと思った急展開がトラウマに!?

編集者だった頃、愛田真夕美さんの「マリオネット」という作品を担当していたのですが、先輩から引き継いだ非常に人気のある作品だったんですね。読者アンケートの反応は良くて当たり前。だからこそ、順位を落としたら非常にマズいわけです。担当してしばらくして、「ああ、やっていけるな」と思って、もっと伸ばすためにはどうするのかを考えた結果、登場人物のひとりを殺してしまったんですね。読者は感動の涙を流してくれると思って先生に提案したものの、読者アンケートの結果は散々なもので。当時流行っていたテレビドラマや映画のジェットコースター的な急展開を狙ったのですが、悪手ではないのだけどタイミングが悪かった。ただただ順位がガクッと下がったことだけは覚えています。取り返すまでにしばらくかかりましたね。忘れられないトラウマです(苦笑)。