とある弁護士の本音のコラム
- 第15回 ネット上の投稿をどう読むか
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一般の閲覧者の普通の注意と閲覧の仕方
インターネット上に投稿された記事の読み方は「一般の閲覧者の普通の注意と閲覧の仕方」に基づいてするとされます(最大決平成30年10月17日)。
紙媒体に関しては「一般読者の普通の注意と読み方を基準として解釈した意味内容に従う場合」という基準を最判昭和31年7月20日に示しており、この基準が2018(平成30)年まで用いられていました。しかし、インターネット時代に即して(ということだと思うのですが)、上記の基準が示されました。
一見すると、ネットだから「読者」から「閲覧者」に、「読み方」から「閲覧の仕方」に変えただけではないか、とも思えます。たしかに、そういう見方もできるのですが、それだけで1956(昭和31)年からの長年からの判例の言い回しを変えるということはあまり考えられないので、これには明確な意味があると考えています。
1956(昭和31)年当時は、当然ですが、インターネットなどというものは存在していません。そのため、紙媒体を読む際にどういう読み方をするかと言えば、記事の見出しや全体の文脈、前後にどのような内容が書かれているのかといった、その媒体内での論調というところが問題になるといえます。しかし、インターネットの利用を前提にすると、記事中にリンクが張ってあれば、そのリンクを踏んで内容を把握してから元記事に戻って記事を読むということが行われたり、途中で分からない話題が出てきたり、読んでいて疑問に思ったことがあれば、その場で検索するということが日常的に行われています。そのため、インターネットを利用して記事を閲覧する者は、紙媒体しか読まない者と比べると格段に色々な情報に触れながら、記事を読むことになります。
したがって、最高裁判所は、用いる文言を変えることによって、どのような前提知識・観点で記事を読むのかだけでなく、閲覧者が知らなかった情報も付加して投稿を読むと捉え直したと考えるべきと解釈できます。
同定可能性
権利侵害の主張をすることができるのは、権利を侵害された本人のみ、というのが原則です。そのため、権利侵害を主張する前提として、「自分が」権利の侵害を受けたということを言えることが必要になります。
インターネット上での中傷の場合は、中傷する内容を発信した者が匿名であることが多いですが、他方で中傷された側も匿名のアカウントであることが少なくありません。実名や顔写真を晒されたというケースであれば、プライバシー権侵害や肖像権侵害ということは言いやすいのでしょうが、それでも同姓同名の他人のことではないことや、その顔写真が自分のものであるということを説明することが必要になります。
また、名誉毀損の場合には社会的評価の低下を問題にすることになりますが、社会における評価というのは「生身の自分」の実社会における評価のことを指すというのが基本的な理解になります。匿名で運用しているアカウントについて中傷がされた場合、ストレートに「生身の自分」の社会的評価が下がるということは難しいといえます。そのため、アカウントに対する中傷がされたとしても、「アカウント=生身の自分」と外部から認識されない限り、権利侵害があるということができないことになります。
もっとも、これを強く求めすぎれば、誰もが知っているような人、たとえば芸能人や政治家などメディアに頻繁に登場するような者でないと権利侵害があるとはいえないことになりかねませんが、これではあまりに行き過ぎといえます。そのため、たとえばオフ会をしていて一定の人たちがそのアカウントの使用者が誰かを認識している状況があれば足りるとすることが普通です。
この問題は、一般的に「同定可能性」の問題と言われており、属性のいくつかを知る者であれば同定できるか、という基準により判断をしていくことになります。
対象者性
同定可能性は権利主張をする前提として必要になるとしましたが、これはあくまでも主張する権利との関係で必要とされるものです。名誉感情は、自己が自身の価値について有している意識や感情が問題となるものなので、外部からどう見えるのかということは基本的に無関係です。そのため、名誉感情侵害については理論的に同定可能性は不要と考えられます。
もっとも、まったく無関係の投稿を「自分に向けたものだ」として当たり屋的な行為が許されるべきでもありません。その意味で、少なくとも客観的な状況から誰(どのアカウント)に向けたものであるかが理解できるものでなければ、名誉感情侵害を認めるべきではないということになります。このことは、私は、同定可能性と区別する意味で「対象者性」といったり「特定可能性」といったりしています。
なお、VTuberなど、顔出しをしていない者などへの中傷が問題になることがあり、報道では「名誉毀損が認められた」といった指摘がされていることがありますが、この問題があるため基本的な名誉感情侵害が問題になっていることが多いといえます。
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- コラム著者プロフィール
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しみず・ようへい
2010年「法律事務所アルシエン」開設。
インターネット上の問題に早くから取り組み、先例的な裁判例が多くある。
著書・共著も多数。
マンガ・ドラマ「しょせん他人事ですから ~とある弁護士の本音の仕事~」監修を担当。
