とある弁護士の本音のコラム
- 第9回 損害賠償請求をしたい 1
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(1)請求方法
発信者を特定することができれば、責任追及をしていくことになります。責任追及の方法としては、民事上の責任追及と刑事上の責任追及があり得ますが、まずは民事上の責任追及について考えていこうと思います。
民事上の責任追及は、基本的には「お金」で解決するということになるため、損害賠償の請求をすることを指すと考えてもらってよいです。損害賠償を請求する方法には、裁判を使わない方法と使う方法があることになります。裁判を使わない場合には、内容証明郵便などを送付して交渉を行っていくことになり、裁判を使う場合は、その請求額に応じて簡易裁判所か地方裁判所に訴訟提起をしていくことになります。
(2)裁判を使わない方法(内容証明郵便等)による請求
裁判を使わなくても請求をすることは可能であり、弁護士からの通知では内容証明郵便が使われることが多いとは思います。内容証明郵便とは、一般書留郵便物について、いつ、どのような内容の文書を、誰から誰宛に差し出したかを、差出人が作成した謄本によって証明する、日本郵便株式会社が提供するサービスです。内容証明郵便は意思表示をしたことが明確になったり、時効の完成猶予といった効果はあり得ますが、ネット中傷について特定したケースにおいてはほとんど単なる「お手紙」であるといえます。もっとも、これを利用することにより「そんな書面は受け取っていない」とか「書面は受け取ったがそのような内容ではなかった」といったすれ違いを防止することができます。
内容証明郵便は、お手紙であるため基本的に何を書いてもよいことになります。そのため、相手に請求したい内容を(相手が応じるかどうかはさておき)羅列することも可能です。よく請求する内容は、「慰謝料」「発信者の特定のためにかかった費用(調査費用)」「中傷等を削除するためにかかった費用(削除費用)」「交渉のためにかかっている弁護士費用」「謝罪文の提出」「謝罪文の公開」「今後同趣旨の行為の禁止」「口外禁止」「禁止に反した場合の違約金支払」といったものになります。
相手がこれに応じるかどうかは相手次第、請求内容次第といえます。一般的には、あまりに過大な請求をしすぎても相手が応じることは難しくなることから、相手がどのように考えるかも予想しつつ請求していくことが必要になると言えます。
相手が交渉に応じてきた場合には、最終的に合意できるラインがあるのであれば、その合意内容を定めた書面を取り交わしておくべきでしょう。そうしないと、後で言った・言わないの水掛け論が始まってしまい、再びそれに基づく紛争が生じてしまいかねないためです。ただし、その書面の取り交わしができたとしても、当事者間で取り交わしただけの書面には強制力がないことから、仮に相手が約束違反をしたとしても履行を強制することはできません。その場合には、合意書等を前提にして、合意内容の履行を求める裁判等を起こしていくしかないことになります。
ところで、「発信者情報」として開示される人物は基本的にプロバイダ契約者であるため、発信者ではない可能性があります。弁護士であれば、同居している者の住民票を取得して投稿者を予想するということができる余地がありますが、それでも一人暮らしであるといった事情などがないと誰が投稿したのかについて確証を得ることまではできません。そこで、内容証明郵便が活用できる余地があります。
「発信者情報」として開示された者に対して内容証明郵便を送った場合、その人物が「発信者」であれば発信者であるとの前提での対応を取ってくると想定できます。他方で、発信者でなければ、受け取った者は、同居の家族等が発信者である可能性を考慮して、同居の家族に状況確認をすることが期待でき、結果として「発信者」が特定できる可能性が高まることになります。内容証明郵便を送付せずにいきなり裁判を起こすことも可能ですが、その場合に「人違い」であることが判明すれば、その請求は棄却とならざるを得ません。裁判を起こすためには訴状の準備のほか、訴訟提起をした後も訴状審査等を経ることが必要で時間がかかること、請求額に応じた印紙代も納める必要があることから、訴訟提起後に人違いが分かるとコストパフォーマンスが悪いといえます。そのため、仮に交渉でまとまる可能性が低いとしても、内容証明郵便を送っていくことにメリットがある場合があります。
ただし、内容証明郵便は受けとらなければいけない義務が発生するものではないので、送付しても受取拒否がされれば、差出人に返送されます。この場合には交渉の余地はないものとして裁判手続を使っていくしかないことになります。
- コラム著者プロフィール
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しみず・ようへい
2010年「法律事務所アルシエン」開設。
インターネット上の問題に早くから取り組み、先例的な裁判例が多くある。
著書・共著も多数。
漫画「しょせん他人事ですから ~とある弁護士の本音の仕事~」監修を担当。
