とある弁護士の本音のコラム

第10回 損害賠償請求をしたい 2

(3)裁判等による請求方法

裁判による請求は、損害賠償等請求訴訟を提起することになりますが、原則として請求額(訴訟物の価額)に応じて地方裁判所又は簡易裁判所に提起し、140万円を超える場合には地方裁判所に管轄があることになります(裁判所法第33条1項)。

訴訟物の価額は、損害賠償請求を求めるものであれば単純に請求額で考えることができますが、たとえば発信者が掲載している記事の削除を求める請求など、金額算定ができないか困難な場合があります。この場合、民事訴訟費用等に関する法律第4条2項が「財産権上の請求でない請求に係る訴えについては、訴訟の目的の価額は、160万円とみなす」としているため、記事削除を求める請求は訴訟物の価額が160万円であると算定されることになります。

したがって、慰謝料等の額で請求額が140万円を超えるとか、記事削除を請求する場合には地方裁判所の管轄になります。

他方で、それ未満の訴訟物の価額になるのであれば簡易裁判所の管轄になりますが、さらに訴訟物の価額が60万円以下のであれば「少額訴訟」という手続きを用いることも可能です。少額訴訟とは、60万円以下の金銭の支払を求める訴えについて、原則として1回の審理で紛争解決を図る手続きです。

なお、「金銭その他の代替物又は有価証券の一定の数量の給付を目的とする請求」については、「支払督促」という手続きを用いることができるとされていますが(民事訴訟法第382条)、原則としてこの手続きを用いることは難しいといえます。「申立ての趣旨から請求に理由がないことが明らかなとき」は申立てが却下されることになりますが(民事訴訟法第385条1項)、慰謝料は裁判を経てはじめて、発生するかどうか、発生するとしてもその額がいくらかが定められることになるため、事前に請求額が客観的にいくらなのかを確定することができません。そのため、慰謝料などは「申立ての趣旨から請求に理由がないことが明らかなとき」に当たるものとして運用されており、却下されることになります。

ただし、裁判外で慰謝料の支払いに合意ができている場合、その発生と額が確定しているといえるため、合意ができたのに支払いがされないという場合であれば、支払督促を用いることは可能です。

 

(4)裁判で請求できるもの・認められるもの

裁判で請求できる内容かどうかは、判決主文に書かれた内容について強制執行ができるかという観点が必要です。内容証明郵便等で請求している内容は一応請求可能ではありますが、裁判では認められないもの、法技術的に難しいもの、裁判上の和解で合意するのが合理的なものなどがあります。各個別に検討してみましょう。

まず「慰謝料」です。これは、精神的な損害を受けたのでその賠償を求めるというものですが、法人であれば「無形損害」として法人の社会的信用の低下等を理由に同じ趣旨の請求が可能です。請求する額に決まりがあるわけではないので、いくら請求をしてもよいとはいえるものの、実際に認められる慰謝料(無形損害)額は、名誉毀損なら30~60万円、プライバシー権侵害なら10~50万円、名誉感情侵害なら10~20万円の各範囲となってしまう例が多いとはいえます。ただし、どのような内容を書かれたのか、頻度はどのくらいなのか、投稿による影響がどのようにあったのか等によってくるため、より低額・高額の認定がされる例も存在しており、必ずこの範囲になるものではありません。なお個人的には、実際の被害に比べて認められる慰謝料(無形損害)額は少なすぎると感じる場面が多く、この点は今後改善をしていくことが必要ではないかと思っています。

次に、「調査費用」「削除費用」です。これらは、もっぱら開示や削除請求にかかった弁護士費用がほとんどのものといえますが、これを裁判所が認めるかの判断については分かれており、全額認める例、割合的に認める例、否定する例がそれぞれ存在しています。傾向的に見て、否定する例は少なく、全額認める例は一定程度存在し、一定の割合で相当因果関係があるという判断がされていることが多いといえます。どのくらいの割合を認めるかは裁判官の判断次第であるため、いくらが認められるかは読めないところですが、とりあえずかかった全額の請求はしておいてよいといえるでしょう。

次に、「弁護士費用」です。これは一般的にイメージされるものとは大きく異なっているのではないかと思います。「弁護士費用」というと実際にその案件にかかっている依頼料のことを想像すると思いますが、実際には、認容額の1割相当額が弁護士費用として認容されるというのが実務上の扱いとなっているものです。これは、最高裁昭和44年2月27日判決が「訴訟追行を弁護士に委任した場合には、その弁護士費用は、事案の難易、請求額、認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものに限り、右不法行為と相当因果関係に立つ損害というべきである」として、不法行為に基づく損害賠償請求訴訟における弁護士費用を相当因果関係がある損害であると認定したことに基づくものです。

次に、「謝罪文の交付」「謝罪広告」です。これは、名誉毀損に関しては、裁判所は「名誉を回復するのに適当な処分」を命じることができるとされており(民法723条)、これに基づいて認められるものです。しかし、慰謝料等が認められれば損害が補填されたとして、「謝罪文の交付」や「謝罪広告」を認める例は実際にはかなり稀といえます。ただし、裁判上の和解をする場合であれば、この趣旨の内容を入れることはしばしばあります。

次に、「今後の投稿禁止」ですが、理論的には認められる余地があるものの、強制執行をするためには、「こういう趣旨の投稿をしてはならない」という内容では不十分で、「○○との投稿をしてはならない」というように、具体的な文言や文章を定めることが必要になります。文字の投稿を制限することは表現の自由に対する制約が強すぎ、他方で文章にした場合は、一文字でも違っていれば抵触しないことになります。したがって、これについては一般的に言って認められにくいものといえます。ただし、裁判上の和解をする場合であれば、この趣旨の内容を入れることはしばしばあります。

次に、「口外禁止」や「禁止事項に反した場合の違約金」については、判決においては認められません。裁判は公開が原則(憲法第82条)とされているため、判決も公開が原則であり、口外禁止は認められません。また、禁止事項を定めることは上記のとおり難しいことから、違約金を定めることも難しいといえます。もっとも、裁判上の和解をする場合であれば、この趣旨の内容を入れることはしばしばあります。

 

(5)判決が出たのに慰謝料等を払ってくれない

裁判手続で進めることの最大のメリットは、最終的に強制執行ができるという点にあります。裁判上の和解が成立し和解調書になった場合も、その調書には「確定判決と同一の効力」があるため、和解に基づいて任意の履行がされないのであれば強制執行をしていくことができることになります。

ただし、強制執行をするためには、申立てをする側が相手の財産を特定していくことが必要になります。相手の財産が分からないということであれば、相手が使用していると想定される金融機関を指定して執行をかけていくか、財産開示手続や第三者からの情報取得手続をとっていくことになります。

こういった手続きをとっても、どうしても財産が分からないということもあり得るでしょう。その場合は、無い袖は振れない以上、残念ながら債権回収は困難となります。ただし、判決等により権利については10年の時効期間となるため(民法第169条)、ある程度時間が経過してからさらに回収を図ることも可能です。

なお、この時効期間10年で権利が消滅することになるのが原則ですが、時効を延ばすための裁判をすることでさらに10年間権利を保全することも可能です。

コラム著者プロフィール
しみず・ようへい
2010年「法律事務所アルシエン」開設。
インターネット上の問題に早くから取り組み、先例的な裁判例が多くある。
著書・共著も多数。
漫画「しょせん他人事ですから ~とある弁護士の本音の仕事~」監修を担当。