樋口美沙緒/作
街子マドカ/イラスト


2018年3月22日

購入者特典情報
擬人化処女
シリーズ名 花丸文庫
作品名 愛の星をつかめ!
巻数 全1巻
作家名 樋口美沙緒/作 街子マドカ/イラスト
本体価格(税別) 700円
判型 文庫判
内容 ハイクラスの名門一族に生まれ、星北学園の副理事として人生を歩んできた真耶は、恋愛に興味がなく童貞処女のまま30歳を迎えてしまい!?
ISBN ISBN978-4-592-87746-2


P8〜11より抜粋

 「ぼっちゃま、おはようございます。お誕生日、おめでとうございます」
 優しい声につられて、真耶は笑顔で振り返った。
 背後には、朝食のワゴンを押した、八十路過ぎの女性が立っている。真耶が生まれる前からこの家に勤めてくれている、菊江だった。もう腰も曲がっている老女だが、いまだ元気に家事を取り仕切っている。真耶にとっては家族も同然でもある。
「おはよう、ばあや。ありがとう」
 菊江を手伝ってワゴンを押し、食堂へ入る。入り口の手前で、夕食のリクエストを訊かれたが、真耶はいつもどおりでいいよ、と答えた。
「お誕生日ですのに」
「もう三十だからね、わざわざ祝うことでもないよ」
 少しだけ淋しそうな菊江に笑いかけると、食堂では、五つ上の姉、寧々が先に座って新聞を読んでいた。
「おはようございます、姉さん」
 真耶は律儀に挨拶をしたが、寧々は顔をあげるなり呆れ顔だった。どうやら菊江とのやりとりを聞いていたらしい。
「三十歳にもなって、誕生日に実家へ帰ってくるわけ? いい加減恋人の一人くらい作って、デートの一つもしてみたらどうなの」
(また始まった……)
 真耶は内心でうんざりしながら、取り合うのも面倒くさく、姉を無視して椅子に座る。
 真耶には姉が四人いる。一番上とは十五歳年が離れており、そこから十歳上、八歳上ときて、唯一実家に同居中なのが、四女、寧々である。
 上三人は結婚して家を出たが、生まれてすぐに次の「女王バチ」と母から指名された寧々と、当主代理の真耶だけは実家暮らしを続けている。
 寧々はヒメスズメバチ出身の女性らしく、長身の美人だ。女当主に指名されるだけあって、他の三人の姉よりも更に背が高く、真耶をも抜いて女だてらに百八十センチある。
 肩書きは雀家が経営する総合企業の役員。いずれは社長になる。モデル顔負けの優美な肢体をパンツスーツに包んだ彼女は、髪型以外は真耶と生き写しだった。
 周囲からは口をそろえて「美しい」と称されるが、真耶は姉の口の悪さに、毎日辟易させられていた。
「あんたときたら、あたしそっくりのお綺麗な顔と、そこそこ優秀な頭を持ってるのに、三十路にもなって恋愛経験なし、童貞処女なんて、欠陥人間なんじゃないの」
 欠陥人間。
 それはことあるごとに、姉が真耶に使う言葉だ。安易な挑発だと分かってはいても、つい苛立つ。
「あのねえ、姉さん」
 真耶はわざとゆっくり、息を吐き出した。
「僕は普通に仕事をして、犯罪も犯さずに、真面目に生きてる。それ以上なにが必要ですか? 恋愛してなきゃ欠けてるなんて、差別もいいとこですよ」
「そうやってすぐ強がるから、心配して言ってるのよ」
「強がってませんが。もともと強いんです」
 パンにバターを塗りながら、真耶は突き放す。しかし姉はまだ食い下がる。
「強いからいけないのよ。強いから生きてけちゃうのが問題だって言ってるの」
「強くてなにが悪いんです」
 言い分に道理が通らず、真耶は不愉快になって寧々を睨んだ。
「だってあんたはもうすぐ、いらなくなるんだから──」
 ……もうすぐ、いらなくなるんだから。
 はっきりと言った姉の言葉に、なにか言い返そうとして言葉につまる。胸の中に重たい鉛を投げ込まれたように感じて、言葉を飲み込むと、寧々は一瞬気まずそうに眼を泳がせたが、すぐに「そういう決まりじゃないの」と言い訳のようにつけ足した。
「うちは女が継ぐ。母さんはあたしを指名した。あんたはあたしが当主になったら、当主代理を辞める。あたしは来月結婚して、当主になる。あんたは……一人ぼっちになっちゃうじゃないの」
 一人ぼっち。
 センシティブなその表現を胸の中で繰り返すと、煩わしい感傷が湧いたが、同時にだからなんだ、と真耶は思った。一人になることなど、どうでも良かった。とっくの昔に知っている。
「……そうでしたね。でもそれと恋愛は、関係のないことです」
 静かに認めると、姉は「相変わらず、つまらない男ね」と悪態をついた。真耶は菊江が用意してくれた朝食をさっさとたいらげ、姉のお小言から逃げるように家を出た。
(まったく、姉さんには気が滅入る。顔を見れば難癖をつけてくるんだから……)

続きは文庫で読んでくださいね。


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