白泉社で働くということ 私のキャリアパス

山あり谷あり!? 雑誌編集長の入社からこれまで、怒涛のステップアップ年表。

LaLa編集長 2000年入社 井手優美

私の「タイ!」「女の子に熱狂されたい」

すべての女の子の熱狂を独占したい。女の子達が世の中にいっぱいある楽しみを全部放り出してでも夢中になっちゃう魅力的な少女まんがをつくりたい!というのが長年の夢です。かつての少女まんがは女の子の楽しみの大部分でした。もう一度女の子の熱狂を取り戻すコンテンツづくりを目指したいです。

2000.Apr

入社後、メロディ編集部に配属

メロディ編集部では、読者ページなどの雑誌づくりの基礎を学びました。メロディは少女まんがのレジェンドとも呼べるベテラン作家さんが多い雑誌。成田美名子先生や清水玲子先生とお会いしたり原稿取りに伺ったのは貴重な経験でした。1年後に異動したLaLaは、新人さんが多い雑誌。異なる編集部で、雑誌毎の編集方針や考え方の違いを知ることができたのは今振り返ると良かったと思います。

2001.Feb

LaLa編集部でぶつかったジレンマ

異動したLaLaでは一からのスタートです。LaLaは新人作家さんの発掘に意欲的な雑誌で、編集者の若さは大きな武器のひとつ。感覚的に絶対自分が読者に近いという自負があったのに、先輩に比べると圧倒的に経験不足で、自分の企画が編集会議で全然通らない。そこがジレンマで悔しくて悶々としていました。とにかく結果を出さないといけない。見出しやあらすじ原稿にも、自分の若さを生かした文章を書くように意識し、小さいことから結果を出して認められるよう頑張りました。するとその工夫を褒めてもらえたりして、少しずつ状況が好転していきました。
そんな積み重ねと試行錯誤の結果、2002年の12月に、担当していた新人作家・槻宮杏先生の初連載作品「楽園ルウト」が掲載、それが先生にとっての初コミックス発売につながって。少しずつ編集者として成果が出せるようになっていきました。

2003.Aug

ゲーム「金色のコルダ」のコミカライズ

少しずつ自信がついてきた頃に恋愛シミュレーションゲーム「金色のコルダ」のコミカライズの話が来て、「やります!」と手を上げました。乙女ゲームは元々大好き。オタク心を生かして、いかに魅力的な男の子達を描くかという点を突き詰め、呉由姫先生と一緒に作品を練り上げました。たくさんのイケメンキャラとの恋愛パターンやシチュエーション作り、恋愛ストーリーを盛り上げる勉強にもなった作品です。アニメ化の際は、まんがのエピソードを元に脚本が作られたりもして、ゲーム→まんが→アニメという多メディア展開を経験できました。

2004.Nov

 樋野まつり先生の「ヴァンパイア騎士」連載スタート

前作「めるぷり メルヘン・プリンス」から担当させて頂いていた樋野まつり先生と、新連載「ヴァンパイア騎士」を立ち上げたのがこの頃です。地方にお住まいの先生と、人生でこれほど多くの時間を電話に費やしたことがないというほど話し合い、上京時には寝食を共にして作品作りに勤しみました。樋野先生は、格好いい男子を描く天才なので、いかに多種多様な吸血鬼男子キャラを生み出すか、夜な夜な議論しました。自分としては「金色のコルダ」で色々なキャラクターを学んだ経験が役に立ったかなと思っています。吸血鬼関係の映画や書籍を大量に入手し、吸血鬼学園の設定や、先生のデザインセンスを活かした制服等、細部に渡って作り上げていきました。世界中で漫画家さんの次に作品を知り尽くしているのは担当編集であるべき、その自負を学べた作品です。
コミックス発売時は、休日に自分で手作りポップを持って山手線の書店を回って歩きました。池袋から始めて渋谷で力尽きましたが(笑)、自分が出来ることなら何でも、と必死に夢中に動いていた時期です。

2006.Dec

 藤原ヒロ先生の「会長はメイド様!」 作品の広がりを体感

「会長はメイド様!」の藤原ヒロ先生は、投稿者の頃から担当していました。「メイド様!」は、生徒会長でもある主人公のギャップを強めるために、最初は普通のカフェだった舞台を、当時出始めたメイド喫茶に。秋葉原のメイド喫茶を回り、営業終了後にメイドさんの写真を大量に撮らせてもらったり、藤原先生と2人でありとあらゆるコンセプト喫茶に取材に行ったりしました。メイド喫茶で資料の為にスイーツを大量に注文して、必死で食べながら漫画の内容を話し合ったことも。
その後、「ヴァンパイア騎士」と「会長はメイド様!」は、人気連載となって、アニメ化も決定。海外のサイン会では、嬉しくて倒れちゃうほど熱狂的なファンの方にも遭遇して。作家さんと密室で作っていた作品が、外に出て行き、こんなにも大きな形になって読者の手に渡ったんだと改めて実感しました。

2008.Feb

LaLa編集部の主任に

2011〜2012

 黒・白・青・赤のコンセプト増刊を企画

自分が面白いと思うテーマの作品ばかりを集めた雑誌が作れたらという夢想と、コンセプトを打ち出した読切作品の本を作りたい、という思いから企画したのがLaLa増刊『黒LaLa』『白LaLa』です。『黒LaLa』はダークファンタジー、『白LaLa』はピュアファンタジーとコンセプトを決めてスタート。同僚や先輩、何より作家さんに協力していただき、続いて2012年に『青LaLa』『赤LaLa』『白LaLa』を発売。毎号てんやわんやでしたが、作品一つひとつに色があって、雑誌内に色んな色が存在するよう、色で分けるという考え方は、いま編集長になって本誌のラインナップを考える上でもとても役立っています。

2013.Feb

LaLa編集部の副編集長に

2014.Sep

妊娠!そして育休へ

8年間担当したあきづき空太先生の「赤髪の白雪姫」のアニメ化が決定した段階で、妊娠が判明。正直「なぜこのタイミングで?」とも思ったけれど、担当を替わってもらい滞りなくアニメ化も成功。最初は、1年も育休で休むなんてハンデだと思い込んでいたんですが、育休の間に吸収したたくさんの本やまんがや映画も、出産や子育てという体験も、何もかもが編集者としての財産になると再認識できました。

2016
2016.Jul

LaLaという大きな船の編集長に

これまで作家さんとの作品作りが重要で、雑誌は発表の場と考えていました。でも編集長になって意識が変わりました。LaLaは、いろいろな作家さんや編集者が乗り込んで40年以上もの冒険と航海を続けてきた大きな船。船長を引き継いだ私も、新しい風を読み良い方向に船を進め、次の人に引き継いでいかなければ。作家さんに寄り添って一緒に作品を作っていく、その基本を疎かにしたら、まんが編集者は不要な存在になってしまうと思います。白泉社の原点と言える伝統を大切に守り、引き継いでいきたいです。