樋口美沙緒/作
街子マドカ/イラスト


2017年4月20日
擬人化純愛
シリーズ名 花丸文庫
作品名 愛の在り処に誓え!
巻数 全1巻
作家名 樋口美沙緒/作 街子マドカ/イラスト
本体価格(税別) 720円
判型 文庫判
内容 たった一人で国と共に滅びることを選んだ大公・シモンを追って、息子の空とケルドア公国へ向かった葵。何があっても側にいると決めたはずが、シモンはそれを許さず…「愛の在り処をさがせ!」続編!
ISBN ISBN978-4-592-87745-5


P183〜185より抜粋

 ──お前だって、私と同じことを、してるじゃないの。
 指先からも、頭の天辺からも、血の気がひいていくのを感じた。冷たい汗が、額ににじむ。
 メイドの首を絞めあげて、今にも殺そうとしていた母、アリエナの姿が脳裏に蘇ると、吐き気さえ感じて、シモンは口元を押さえた。目眩がして、よろよろと自分のベッドへ戻る。
 不意に、昨日の昼間、メイドの頬を打った感触が手に戻ってくる。
 赤く頬を腫らし、メイドが訴えた言葉が、頭の中をぐるぐると回った。
 彼女はシモンの寝台にあがっていた。二年間……自分は彼女と子作りをしたらしい。まったく覚えていないが、メイドの中には、そういう女性が何人もいた。
 ケルドアの国民は八割が老齢者だ。若い女性で、しかもそれなりの家柄となるとかなり人数が絞られる。必然的に、城にあがるメイドと、シモンの寝所に入る女性は重なってしまうのだ。
 人選はいつもアリエナがしていたから、シモンはどういう基準で選ばれていたのか知らないし、興味もなかった。
 けれど一度は抱いたであろう相手を、シモンは心底から憎み、そして殺したいと思った。彼女が自分の国民であり──守るべき一人であることなど、頭から吹き飛んでいた。
 そんな自分は、シモンのためと言って、メイドの首を絞めていた母と、なにが違うというのだろう?
 (……醜い)
 化け物のようだと思う。
 まるで、母、アリエナそっくりだと。
 国民のことを考えるほど、心が硬く、閉じていく気がした。彼らは全員、シモンから葵を奪い、葵を傷つけようとしているかもしれない──。そう思うと、一人一人絞め殺すことだってできる気がする。
 (醜い。……私は、まるで、母だ)
 正気をなくし、自分のわがままで、他人を傷つけようとしている。愛という名の下に、己の欲望のままに──愚かな行為に走ろうとしているのだ。
 体が大きくわななき、シモンは唇を噛んだ。
 ──私は大公だ。一国を担う者だ。あれほど憎んだ母と同じように……国民を傷つけるなど……あってはならない。
 だがそう思う気持ちと、葵を傷つける者ならば、殺してしまいたいという激しい怒りが、危ういバランスのなかで共存している。
 ほんのちょっとさじ加減を間違えれば、自分は母のようになるのではないか?
 あまりにも簡単に、あっさりと、母のように──自分は、なるのでは?
 (これが愛か……?)
 額にじっとりにじんだ汗が、こめかみを伝っていった。
 こんなものが、愛なのか。
 絶望が、全身に押し寄せてくる気がした。
 夜はまだ深く、明けるには大分時間があったが、シモンはもう、眠る気にさえなれなかった。

続きは文庫で読んでくださいね。