くもはばき/作
奈良千春/イラスト


2015年9月18日
業界もの年下攻め
シリーズ名 花丸文庫
作品名 明日はきみと笑うシャラララ
巻数 全1巻
作家名 くもはばき/作 奈良千春/イラスト
本体価格(税別) 722円
判型 文庫判
内容 亡き相方・中本が忘れられず、荒んだ毎日を送っていた元芸人で放送作家・片山の元にやってきたハウスキーパーの広川。無口な広川の不思議なマイペースさに、片山はいつしか癒されるようになるが…!?
ISBN ISBN978-4-592-87742-4


P65〜P72より抜粋

「どんな人なん? 好きな人。かっこええ?」
「え!? あ、はい。かっこいい……です」
「どんなとこが?」
「どんな……えっと、真面目なところとか、お仕事を一生懸命されてるところとか……」
 広川はまた、戸惑いながらも口角に喜色を漂わせながら指を折った。なるほど、同類タイプだ。それを聞いて片山は少し安心した。もし広川が彼自身と真逆のタイプを好むとしたら、なんだかその男はとんでもない遊び人なイメージしか湧かなかったからだ。見かけをあげないところがまた彼らしい。
「へー……なんかええ人そうやねえ、その人。付き合うてんの?」
「まさかまさかまさか! そんな! ぼ、僕、僕なんかそんな! 滅相もないことで!」
 これでもかと言うほど大仰に首を横に振り広川は縮こまる。その断じ方には片山も心当たりがあった。
「ああ、その人、そっちの気はないんや」
「いえ、ないことはない……はずなんですが……」
「えー? ほな、なんでそないな風に言うの。打ち明けてみな分からんやん。伝えられる時に伝えとかな、後悔すると思うで?」
「でも、その方にはもうずっと心に決めてはる人がおるから」
 広川が誰かを思い浮かべるようにして切なげに目を細める様から、まるで伝染したように片山の胸もちくりと痛んだ。未来永劫どうにもなりようのない、けれど自分でも忘れることのできない恋の辛さはよく知っている。
「君も、難儀な人を好きになったもんやねえ」
「いいんです。……その人に昔、助けてもらったことがあって。だからいつかご恩返しできたらええなって、それだけで」
「……そっか。ええ子やなあ、君」
「そんなことないです! 全然、ないです。分不相応にも、結構夢見がちで……」
 照れたように頭をかいて彼は何か言いかけたような気もしたが、結局それきり口を閉ざしたので二人の間にはまた沈黙が横たわった。
 番組はいつの間にか終わっていて、テレビから流れるBGMは通販番組の大仰な拍手のSEに変わっていた。番組のプレゼンターは奇しくも派手なメイクと衣裳のオネエタレントで、片山はなんとなく尻の座りが良くない心地がしてチャンネルをザッピングした。
「ところで話は変わんねんけど……君、今時パソコンも持ってへんとかユニクロも着た時ないとか、なんでそない倹約してはんの? 君くらいの年頃やったらもっとこう、着飾って遊びたい盛りなんちゃうん? 普通は」
 知らんけど、と無責任をつけ足した上で尋ねてみる。当の広川は答えを考えあぐねているようで大きく首を捻っていた。
「あ、ええと……趣味で集めるDVDやなんかにばかり使っているのと……物を持つのがあまり得意じゃないんです。子どもの頃から自分の物というのをあまり多くは持ったことがなかったので、なんだか持て余してしまって」
 そう言って広川は、毛布の中でもぞもぞと膝を抱える。何もそない縮こまらんでも…と思ったが、彼にとってはそういった姿勢の方がかえって落ち着くのかも知れない。
「なるほど……おるよなそう言わはる人」
「……もしかして、ボスですか?」
「なんや。知っとったんか」
「はい。そのことでボスには、随分目をかけて頂いているので……」
「ほな君も……」
「はい。……僕は、小学生の時からですけど」
 どうやら悪いことを聞いてしまった。片山は「ごめん」と咄嗟に目を伏せる。
 広川の言うボス──即ちとも代は、物心つく前からカトリックの教会が運営する女子児童養護施設にいたという。まだ学生だった頃、彼女があまり物を持たず貯金額に拘る理由を尋ねた時に同じ気まずさを味わったことを思い出した。
「僕のいた所は男女や年齢の別なく受け入れるかなり大きな施設で……人数が多かったからか規則も厳しくて。だから実は、ワゴンは学校帰りに電気屋の店先で見てました」
 片山の懊悩とは裏腹に、広川はそれをさも笑い話のように話す。当人達にとってみれば些細な問題なのだろうか。何度か自分の身に置き換えて考えてみようとしたこともあるが、両親兄弟共に健在で今も変わらず同じ場所に実家のある自分には、とても想像など付くべくもない。ただひとつできることがあるとすれば、それはこの話題に対して相手が望む反応を正しく返してやることだけだった。
「あー、あるある! でも、そないして友達と見るテレビのが楽しかったりせえへん?」
「あ、いや、僕は友達とかその……いなかったので……」
「おい! ぼっちか!!」
「あだ名は地縛霊≠ナ……」
「どんだけじっと見入っとんねん! 生きとけ生きとけ!」
 流石にもうそれが怒られているのではなく会話の一環として突っ込まれているのだというのを彼も理解しているようで、広川はふは、と控えめに声を出して笑い嬉しそうに眦を下げる。幼さの残る、屈託の無い笑顔だった。
「それにしても贅沢なことです。こないしてらんな〜ずの片山さんに突っ込んでもらえるとか……まるで夢みたいや」
「何を言うてんねん。突っ込まずにおられるかいっちゅう話やで」
「え、そ、そうでしょうか……自分で言うのもなんですが、その、割合と無味乾燥な人間だと思うのですが……」
「無味乾燥の意味を百万回辞書で引いてから出直せい!」
 広川は昼間よりリラックスした声色で「すみません」と言うと、小さく欠伸を噛んだ。かなり長いこと話し込んでしまったようだ。
「……もう三時か。付き合わせてもうてごめんなあ。俺も寝るわ」
「そんなとんでもない! お邪魔してもうてるのは僕の方ですし……」
「あーもー気にすんなって言うてるやろ! そもそも世話かけたんは俺!」
 自分と同じように腰を浮かそうとする広川をソファに押し止めながら立ち上がり、片山は「おやすみ」と寝室へ向かった。しかしドアに手をかけたところで一番の疑問を聞きそびれていることを思い出し、もう一度ソファの上の広川へ顔を向けた。
「そういや、電話くれた時……なんで、そのー……俺がへこたれてるって分かったん?」
 実際のことをそのまま言葉にするのが躊躇われて、ひどく抽象的な言葉になった。それでも言わんとしたことは伝わったようで、広川もまたどこか気まずげに頬を掻く。
「それは……なんとなく、としか僕も……」
「なんとなく≠チちゅうことあらへんやろ。なんかないの?」
「いえでも、本当に根拠とか無くて……」
 おろおろと目を泳がせている広川をじっと見据える。そうすると広川は観念したように細い声を絞って言った。
「強いて言えば……水の音がしなかったので」
「え、なに? み……水の音?」
 彼の言っている意味が分からず、思わず眉間に皺を寄せながら聞き返した。
「えっと、お、お声がその、お酒をお召しになってる風で、お皿を洗っておいでだと仰っていたのに水の音がしなかったので……急に発作が出たとかその、何かお困りなんじゃないかと思って早合点してしまって! いや違うか。早合点じゃなくて、えっと、あのっ」
「はははははは……まじでかっ!」
 あまりの推理力と行動力に、思わず笑ってしまった。細かな違いこそあれ、彼の言ったことは全くもって正しかったのだ。何より、それだけのことのためにわざわざ電車に乗ってまで駆けつけることができる人間がどれだけいるだろう。少なくとも自分には無理だ。
「君は……ほんまにすごいな!」
「恐縮です……」
「いや、ほんまに! もっと自信持った方がええよ。天職ちゃう? ハウスキーパー」
「……ありがとうございます。片山さんにそう言って頂けただけで、この仕事に就いた甲斐がありました」
 そう言って広川はソファの上で背筋を伸ばし深く頭を垂れる。
「ええな。その歳で天職見つかるとか」
「そんな……片山さんだって僕の歳の頃にはもう舞台に立ってはったやないですか」
「それはそうやけど……でも、今はこうして結局裏方なわけやしね」
 片山がそう言うと広川は何か察したように小さく息を飲み「すみません」と細く呟く。
「まあ、今の仕事は今の仕事で楽しいけどな! ……ごめん。つまらん話や。おやすみ」
「お、おやすみなさい……」
 見てる方までなんだか気まずくて、片山は彼の顔を見ずに素早くドアを引く。
「おやすみなさい!」
 が、壊れかけのラジオのように裏返った声が聞こえたので思わず再びドアを開けた。
「何故二度言った!?」
「あ、いや、僕、声が小さいので、聞こえてへんかったら失礼やなって……」
「なんぼほどの広さやねんこの部屋!」
 咄嗟に思い切り突っ込んだら彼がまた嬉しそうに笑ったのでうっかりやり甲斐めいたものを感じ、片山はそんな自分に少し驚いた。

続きは文庫で読んでくださいね。