川琴ゆい華/作
蓮川 愛/イラスト


2015年9月18日
天然甘々
シリーズ名 花丸文庫
作品名 恋は思いがけず
巻数 全1巻
作家名 川琴ゆい華/作 蓮川 愛/イラスト
本体価格(税別) 620円
判型 文庫判
内容 海外暮らしが長かった藤澤琥太郎の弱点は日本の常識に疎いこと。自覚もなく詐欺にカモられていたところ、遊び人と噂の同級生、三都井宗佑に助けられるが……。キャンパスイートラブコメディ!
ISBN ISBN978-4-592-87740-0


P16〜P21より抜粋

 「鳳大一のイケメンさん。こんなふうにご親切に教えてくださるし、モデルさんみたいに長身で、三都井さんがおモテになるの納得できるなぁ」
「いや……モテないし」
 ハタチの男子と喋っている気がしない。ずっと海外生活で大学入学を機に帰国したとの噂だから、時代劇か古いドラマでも見て言い回しを覚えたクチなのかも。
「藤澤はどこの国から来たんだっけ?」
「リビダニア共和国です」
 宗佑の問いに、琥太郎はぱっと目を輝かせて嬉しそうに答えた。
 しかし、リトアニアでもなくマケドニアでもなく、それどこ、って国だ。
 知らないのが顔に出てしまったようで、琥太郎は「みなさん、それどこ、っておっしゃいます」とにこにこしている。
「シチリア島の近くの小さな島国なんですけど。二〇〇〇年までほぼ国交のない鎖国状態だったので、まだまだ『謎の国』扱いされてて」
「現代なのに鎖国……」
「三歳までは両親と日本に住んでたんですよ。でも母と移住してから十四年、リビダニアを出たことがなかったんです。だからこういうメールもですが、いまだにいろんなことに疎くてまままならい、あれ? ままま……」
「ままならない?」
「そう、それです、本当にまままならい」
 ──まだ間違ってます。
「いろいろ教えてくださってありがとうございます」
 丁寧に頭を下げられて、逆にこちらがうろたえてしまう。
 十四年も日本を離れていたなら、浦島太郎を相手にするみたいなものか。
「まさかと思うけど……今までもこういうメールに返信とかしたことある?」
「遺産・財産をどうのこうの、というメールは初めていただきましたが」
「あ、あのね、詐欺メールってのは多種多様、手を替え品を替え……」
 琥太郎がおもむろに出したスマホの受信ボックスには、『※至急ご確認ください』『ご当選おめでとうございます!』『Congratulations!』……ちらっと見ただけでも怪しいタイトルが並んでいる。
「まさか……この『同窓会どうする?』にも返事したの?」
 ずっとリビダニアにいたはずなのに『同窓会』だ。
「日本にいた幼稚園時代の同窓会会費を徴収するとの内容で」
「い、いくら払ったんだよ」
「……たしか十万円、だったと」
 オーマイガッ! 同窓会会費に十万!
「でも幹事さんが交通事故に遭ってしまって。会費はご香典に切り替わりました。たいへんお気の毒でした……」
「まさか……死んだっていうのを真に受けたのか?」
「えっ? 死んでないんですか? 死んでないってどうして分かるんですか?」
 逆にそれを証明しろと言わんばかりだ。
 そもそも幼稚園の同窓会って。日本にいたのは幼稚園までなんですが、とかなんとか馬鹿正直に返信した結果のおかしな設定なのだろう。
 宗佑は頭を抱えた。証明はできない。だけどこれは絶対に死んでないって普通は分かる。
 こういう詐欺メールに一度でも返信したり引っかかって金を払ったりすればカモリストに載せられ、裏で繋がる他の詐欺組織からも狙われると聞く。他にも受信している怪しげなメールが、すでに手遅れだと物語っているのではないか。
 琥太郎から助けてほしいと頼まれたわけじゃない。でもこのまま知らん顔してしまっていいのか。金をどう使おうが個人の自由だが、放っておけばこの先も、有り金全部を搾取される可能性だってある。いやな予感でいっぱいだ。
「詐欺師に寄附したいわけじゃないんだよな?」
 そんな物好きな人間がいるわけないと思いつついちおう確認すると、琥太郎は「もちろんですっ」と大きく頷いた。
「乗りかかった船っていうか、お節介かもだけど……他のメール、よかったら見せて」
「お節介だなんてそんな」
 首を横に振る琥太郎に向かって手を差し出したとき、「おい!」と宗佑の後方から威嚇の怒声と、肩にばんっと衝撃を受けた。
「お前、琥太郎になんの用だよ」
 振り向けばそこに、いつも琥太郎を両側から囲い込んでたかっている双子が立っていた。ふたりとも明るいアッシュブラウンのショートヘア、どっちが本多信で本多連なのか。一卵性らしく見分けがつかない。
「ちょっと話してるだけだろ」
 いきなりどつかれたことに内心でむっとしつつ返すと、左頬にほくろがあるほうが「怒った? ごめんね、ちょっと手加減間違っちゃって」と不遜な顔つきで見下ろしてくる。まったく悪いとは思っていない謝罪なのは明らかだが、いちいち相手にするのも面倒だ。
 琥太郎はその男から「いつまでかかって食ってんだよ」と髪を乱暴に弄られているのに、相変わらずのはにかみ顔。
「琥太郎、奢ってくれる約束だろ。ほら、行くぞ」
 双子のもうひとりに反対側から手を引かれ、琥太郎は「う、うん」と立ち上がった。
 ぐいぐい引っ張られて、食器がのったトレーを慌てて掴んでいる。一方本多兄弟は終始粗暴で、スローペースの琥太郎を気遣うそぶりはない。
「三都井さん、お話の途中ですみません。ありがとうございました」
 懸命に頭を下げようとする琥太郎に「また今度な」と笑みを添えて穏やかに返すと、琥太郎はぱっと表情を輝かせる。
「あのっ、またいろいろ教えてください。日本文化のみならずリビダニア以外のすべてにおいて勉強不足ですが、リビダニアと日本の架け橋になりたいと思ってます!」
 琥太郎は双子にずるずると引き摺られながら大仰にそう宣言して手を振り、学食から出ていった。
「……架け橋……」
 なんとも憂慮の堪えない架け橋だ。いつも誰かが見守ってやらなきゃいけないような。
 ただ、凄くまっさらの絹みたいに清廉で素直で、いい子なんだろうな、とこの短時間の会話ですらいやというほどに伝わった。しかしちょっと世間知らずすぎるし、生きていくのに絶対苦労するぞと、自分のことはさておき心配になってしまう。

続きは文庫で読んでくださいね。