丸木文華/作
門地かおり/イラスト


2015年11月20日
年の差躾け
シリーズ名 花丸文庫BLACK
作品名 ノエル
巻数 全1巻
作家名 丸木文華/作 門地かおり/イラスト
本体価格(税別) 676円
判型 文庫判
内容 美しい物を愛すアメリカ人のアレックスは、日本文化に傾倒するあまり、終戦後、通訳として来日。ある日少年に財布を盗まれそうになるが、その驚くべき美しさに惹かれ、彼を自分好みに育てることに…。
ISBN 978-4-592-85137-0


P67〜70より抜粋

 夜遅くになってジョージが上機嫌で帰っていくと、アレックスはソファでワインを飲みながら、静かにノエルを傍らに引き寄せる。ノエルは大人しくされるがままになった。空気を伝って、アレックスの揺れる心が、ノエルの胸の奥にまで染み込んでくるようだ。
 騒がしい友人たちが飲んで帰った後、アレックスは大抵いつも気分が落ち込んでいる。生真面目で神経質な彼は、きっとあんなことを言わなければよかった、こう言えばよかったと、あれこれ考えて小さなことでも必要以上に悩んでしまうのだろう。他人にどう思われてもよいという頑固な気性なのにもかかわらず、同時に繊細さも持ち合わせていた。
 自分自身と向き合う時間の長いアレックスは、己の殻に閉じこもりがちで、大切なものは誰にも触れさせまいと、宝物を両腕いっぱいに抱えて立ち竦んでいる子どものようだった。ノエルも、そんな宝物のうちのひとつなのだ。
 その宝物は綺麗だね、素敵だね、と言われているうちは嬉しいが、そんな風に扱ってはだめだとか、もっとこうした方がいいだとか、ノエルの教育に関してジョージを始めとした友人知人に色々なことを言われると、アレックスはそれだけで困惑し、憤り、そしてどうしたらいいのかわからなくなってしまうらしい。
 いつでもそんなとき、ノエルはアレックスを慰め、少しでも気持ちを軽くしてやろうと、主人の側に寄り添った。「僕はあなたのすべてに満足している。だから自信を持って」と言葉にしないまでも、そう感じさせなければならなかった。
「お前はやはり同年代の友達が欲しいか? ノエル」
 やはり今日ジョージに言われたことを気にしている。ノエルはアレックスの声音で、はっきりと彼がどう思っているのかを察していた。
 彼は落ち込んでいる。自分に自信をなくしている。ノエルはこういうとき、自分がどう言えばアレックスの気持ちを立ち直らせられるのか十分に理解していた。
「ううん、アレックス。僕はアレックスがいてくれれば十分だよ。アレックスは僕の父さんで、兄さんで、そして親友なんだ。アレックスの他には、何にもいらないよ」
 ノエルの答えに、アレックスの頬に、酔いのためではない血の気がのぼる。
 それはノエルの正直な気持ちだった。アレックスは自分を家族になろうと言って引き取ってくれたのだが、「お父さん」と呼べ、とは言わなかった。最初はそう呼んだ方がいいのかと迷いもしたが、「私のことはアレックスと」と言われ、養子縁組をした後も、その呼び方は変わることはなかった。
 そのためか、歳も倍以上違うのに、家族のような関係でありながら、友人のような間柄でもあり、二人の間には垣根がない。その関係をどう形容しても、一言では言い表せない、不思議な絆があった。
「お前がそう言ってくれるなんて、この上ない光栄だな」
「だって実際、そうなんだもの。アレックスが僕のすべてだから、他の誰かを欲しいと思ったことなんか、ないよ」
「そうか……。では、ガールフレンドは? 欲しいと思うか」
 ノエルは少し言い淀み、しかし、やはり自分には『正解』しか答えられないと思った。
「僕は……まだ、よくわからない。女の子なんて、僕にはまだ早いよ」
「そうだよな。お前は、まだ子どもだ……」
 ノエルの答えにアレックスはわかりやすく安堵している。そんな素直な反応が、自分よりもよほど無垢な子どものようだと、ノエルは内心思っている。
(本当は、僕はもうアレックスの思うような『子ども』じゃない)
 いつか、アレックスにそう言える日が来るのだろうか。

続きは文庫で読んでくださいね。